2003年5月4日 (日)
夜中に暑くて起きた。窓を開ける。急激に夏になっている。
今日もクリスチーナさん推薦の世界遺産の木造教会のうち、至近の一個所に行く。ブルサナという所だ。
10 個所ちかくあり全部はとても行けない。幸いブルサナが一番良いと言う。
ホテルのウエイターがタクシーを紹介してくれるという。頼む。
500000レイ、2000円だ。不満はあるが頼んだのだからそのまま OK すべきだ。交渉の手間がなくなるのは助かる。
相変わらず田舎道は快適だ。
朝のお祈りにお出かけか?
“ 門前町 ” に近づく
朝ご飯中!
世界遺産ブルサナ着
とんがり塔が特色のようだ
これは教会と言うより住居に近い
ポコポコ叩いて音を出しながら一周。 食事の合図ではないだろうなーーー
全景を写すために裏山に登る
戻って駅で降ろして貰う。クルージナポカ行きが一日 3 本あり 12 時 59 分発がホームにいて乗るが出ない。
車内消毒をしているので聞く。今日は出ないと言う。 え、切符は買えたのに。
23 時 50 分に出ると言う。23 時は夜中だ! 切符は 13 時間も前に売ってくれたの??!!
バスに走る。一日 2 本が 14 時 30 分にある。出るかどうか聞いてから乗る。 鉄道代 740 円の大損害!
若者が私に席を取っておいてくれ、と言って荷物を取りに行く。戻ってくる。
車内は満員だ。立っている人がいるバスは初めてだ。男は何とクリスチーナさんと同じクルージナポカ大学だ。
クラウデウ君といってイースター休暇から学校に戻るところだ。
5 時間のバスが退屈なので毎回英語の相手を物色するそうだ。期待に添えたかい?
途中のトイレ休憩
話題が尽きない。フランス語、イタリア語でも対応するという。日本語はいかがかな?
ただ日本についての知識は豊富で江戸時代、日露戦争まで出てくる。マア楽しかった。
逆に教わったルーマニア事情。
① このところ最高気温が 10 度高い。
② 廃工場が多いのは主として石炭産業の衰退
③ 石油の 80 % は自国産、これは初耳!
④ ATM が動かないのはカラになったから、よくある
⑤ Daewoo は撤退する。トヨタが来る。【 追記ーー来てないようだ 】
ハンガリーにスズキが来ているのを知っている。
⑦ 若年層の女子が男子の倍近い。嬉しいかい?
当方からは忍者、切腹、特攻隊についての誤解を直して貰う。即、改める所がスゴイ。
アルバユリアとフネドアラに行くことを奨められる。これは全く知らない事で覚えておこう。
クルージナポカ統一広場には 2 軒ホテルがある。前回コンチネンタルだったのでメロディにする。
ここは前の時もそうだったが全般的に値段が高い。 宿も同様だ。
国際ホテル風のフロント
高いがきれい
明るい夜はティミショアラ以来
今日の宿 | クルージナポカ H メロディー | 4000 円 朝食付 |
2003年5月5日 (月)
日差しが強くなってきたので帽子を買う。560 円
トラムは古いのが多い
川岸のカフェ
丘の城跡のカフェの方を選ぶ
さらにカフェのはしご
聖ミハイ教会
シギショアラに向かってクルージナポカ駅でジーゼル機関車から電気機関車へ
西欧並の列車編成表がある。 全席指定制のルーマニアでは特に必要と思う。
14 時 16 分発ブカレスト行きでシギショアラへ 特急一等 365000レイ、 1460 円。
今までで一番良い。冷気が出ている。
74 歳のお婆ちゃんと 17 歳の孫娘と同室だ。
お婆ちゃんはルーマニア語、ハンガリー語、英語を話す。
孫は英語、ドイツ語、フランス語が OK だ。孫のクルージナポカ大学入学が決まったと言う。
家がブラショフならブカレストに行ったら、と思うがクルージナポカ大学って良いんだなーーー
シギショアラへは山越えだ。ヘアピンカーブで登るがこの辺りも木がないのでコースが良く見える。
峠を越える。かなりな難所。
シギショアラ駅にはプライベートルームの客引きがいる。オバサンに捕まる。
ファイルを持っている。部屋の写真、風呂はバスタブ、さらに「ロンリープラネット」の掲載部分。OK !
一泊 1460 円、食事無し。宿までのタクシー代は私持ち 120 円。
オバサンは何とまたクリスチーナさん!! ルーマニアでは右も左もクリスチーナさんだ!
部屋は問題ない。2 泊する。
今日の宿 | シギショアラ プライベートルーム | 1450 円 |
たしかここは町全体が世界遺産じゃないかなーー 夕食は奮発してドラキュラさんのレストランで頂く。
1110 円
夜の時計塔
ご機嫌で宿に戻る。 住み心地はホテルより上だ。
2003年5月6日 (火)
朝食を 400 円で頂く。高いが宿が安いので取らなくては悪い。
朝の散歩に出る。なにせ世界遺産だ。
今日は「とうさん」の車で隣の世界遺産ビエルタンの要塞教会に行って貰う。
車は例のダチア 1310 でマア国民車だ。片道 30 Km 程度と思う。 1440 円でクリスチーナさんとで決める。
とうさんは権限があまりないようだ。従業員風だ。
またまた楽しい田舎道
交互に集落が現れる
ドンブラベニ駅を左折する。自力で鉄道の場合、各駅で来て徒歩 2 時間弱だ。
各駅は一日に可能な時間帯に 5 本だ。
牛の自主トレ
間もなく到着
世界遺産ビエルタンの要塞教会は教会なのに城壁がある
城下町、と言うか門前町かーーー
父さんの車は快調にシギショアラに戻ったが大学生推薦のアルバユリア行き 12 時 55 分に目の前で乗り遅れる。
では午後はゆっくりシギショアラ見物だ。
丘の上から
町の中心、からくり時計塔
今、町中は花盛り
昨日乗ってきた駅に列車が止っている
線路はさらに続いている
広場は結構賑わっている
オシャレなレストランに入る
昼間からビール
今夜も夜の時計塔を押さえる
今日の宿 | シギショアラ プライベートルーム | 1450 円 |
2003年5月7日 (水)
今朝も朝食をおつきあい、つまり取ってあげる!
ルーマニア No.1 と言っても過言でないシギショアラの町とお別れ
10 時 49 分発のプラハ行きでフネドアラに向かう。大学生推薦のお城がある。
途中までは先日クルージナポカから来たコースを戻る。 特急二等で 780 円
、
分岐は三角線になっている。向こうからクルージナポカからの列車がやってくる。
ガラ空きなのは良いのだが席の移動がけっこううるさい! さらに座席が小さい!
シメリアでローカル線に乗り換えて 15 時にフネドアラに着く。
ここもまた以前は工業都市として栄えた、と言った感じで、つまり寂れている。
長大なホームをチョコッと使う。後ろは廃工場。
まず宿を押さえる。この町一番の、と言ってもやっているのはここだけのようだ。
町が繁栄していた時はホテルも賑わっていただろう。今はひっそり、と言った感じーーー
今日の宿 | フネドアラ H ルスカ | 2000 円 朝食付 |
てそのまま「コルビネシュティロール城」に向かう。
フロントがタクシーに電話をしている。けちる訳ではないが歩くと言うと驚く。
私はマラソン選手だと胸をはる。たった3 Km だ。乗ったら折角来た町の様子が見られない。
コルビネシュティロール城
お城、 カメラ撮影込みで 140 円、
私が最後の入場者だ。今いる多人数は出るところで外にいたバス 6~7 台分の団体客だ。
出るともう誰もいない。
急いで中に入る
大々的に補修中だ。 足場が組まれている。
ここも足場
ここも足場
ちょっと凄いところ! じきに名が知られて有名観光地になるのではーーー
城を出る。 城の隣も廃工場。大バスターミナルにバスは来ない。
オペラ座も復活するかなーーー
どこもそうだがここのホテルもかつて一流だった雰囲気を残す。