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本体の「路面電車の写真」などと重複する写真があります




1999年3月8日 (月)

朝食を部屋で頂く。


ここではシュコダ製(チェコの会社)の新車を写したいがやってこない。
スケジュールが分からないからどうしようもない。諦める。


広場の三位一体の塔と仕掛け時計が見所だ。カエサルの噴水、ヘラクレスの噴水も良い。

世界遺産 三位一体の塔


広場の仕掛け時計




ブルノに向かう。対向車は 10 cm 以上の雪を屋根に乗せている。 要注意!


急遽ブルノを飛ばして日が高い間に移動して世界遺産のチェスキークルムロフに向かう。
チェコの北東から南西に横断?だ。 今正午なのに 2 度だ。本当に際どい所を進んでいる。

途中チェスケーブデヨビツェに寄る。立派な広場の町だ。




すぐに世界遺産の町チェスキークルムロフだ。 チェスキークルムロフの ( i ) の宿案内は完璧だ。
ただ今日は閑散期の平日で閉めているところが多く 7 軒目で OK だ。

今日の宿  チェスキークルムロフ P ザヴォツキー 3520円 二人朝食付 


ペンションは普通の民家だが今日は我々だけで二階のその上、つまり屋根裏で、それがただ事ではない。
一軒全部の屋根裏だ。ダイニングキッチン続きの 8 畳二間分のリビング、バストイレ、
ダブルベッド室が二つ、ウオークインクローク(住めそう)とほぼ一軒の家だ。
数日前に記した日本の祝儀袋をリビングに飾ってもらう。
リビング



明るいので世界遺産を一周する。 壁は塗装で「偽装」、名物という。


城から町一望




世界遺産とはいえかなり狭い

今日のレンタカー走行距離  307 Km



1999年3月9日 (火)

朝食がまた凄い。当然食べきれない。

コーヒーも飲みきれない!


カアサンとチェコで年金生活をしようか、という。無論情勢は変っていくはずだ。

外は雪だ。 道路管理が良い雪の無いドイツに早く逃げ出さないといけない。
159 号線でブルダヴァ(モルダウ)川を遡り直接ドイツに行くのを止めて 3 号線でリンツに出ることにする。
山道は危ない。オーストリアとの国境へもやはり山越えだが 159 とは比較にならないほど楽だ。

またしてもコルナが余ったがここの銀行でオーストリアシリングに替えたいと言うと OK なのには驚いた。
400シリング、4000円を手にリンツに向かう。 零下 2 度だ。急ぐ。

車の通りが少ないので積もったら終わりだ。国境への 15 Km が無限に感じる。

無事、国境を通過してモント湖サービスエリアで一服する。
コーヒー、ケーキ、他でさっきの両替が無くなる。恐ろしいほどの物価の差!!!

ザルツブルク付近は通り抜けるだけーーー


オーストリアシリングが無くなったのでオーストリアを通り抜けてドイツ、キーム湖で休む。
白鳥に宿で余ったパンなどを与えるがカモメが全部横取りをする。
ドイツに入って運転に余裕が出てホッとしたのは否定出来ない。温度も 0 度に上がる。




ミュンヘンでフィルムを現像に出す。12 日前は駅前は積雪だったが今は全く無い。
同じく 12 日前に直接出版社に頼んだバックナンバーを取りに行く。
8 冊で 192 マルク、約 13500 円でカレンダーのオマケを頂く。

ドレスデンの車返却は 3 日後だ。ミュンヘンからドレスデンへ直行の予定だったが雪の心配で
3 日早くポートランド、チェコを「脱出」してしまったので余裕が出来た。 どこに行くか?

ガルミッシュパルテンキルヘンに向かう。一つ手前の町でガルニ(小ホテル)を見つける。
日本人と言っただけで鍵がポンと来る。 先達に感謝!!

今日のレンタカー走行距離  390 Km

今日の宿  ガルミッシュパルテンキルヘン  ガルニ ツアポスト 6800円 二人朝食付 




1999年3月10日 (水)

カーテンを開くと目の前はツークシュピーツェだ。ドイツの朝食は美味しい。




①ー ガルミッシュパルテンキルヘンの郵便局ですること。
ボール箱、ひも、ガムテープを買う。
買った「シュトラーセンマガジン」と終わったポートランド、チェコの資料を日本に送る。4300 円。

②ー ガルミッシュパルテンキルヘンの駅ですること。
12 日の夜行列車ベルリン→マルメ、2 等寝台の指定を取る。1人 7000 円。
4 月 4 日の「タリス」ケルン→パリ、満員で買えない!!!

③ー ガソリンを入れる。リッター 115 円、ポートランドの倍!!!

外壁がフレスコ画の町オーバーアマルガウに向かう。






田舎だから道路にも雪が積もっているがカンカン照りで車は問題ないが歩くのには問題。
町は狭い。休憩も入れて 3 時間で端から端まで “ 押さえる ”

ミュンヘンに向かう間には湖がいくつもある。 アンメル湖


ミュンヘンで現像を受け取る。


一気に 9 号線で北に向かう。工事が多かった昨年とは格段の差だ。素晴らしい。
出来たてのサービスエリアの出来たての「モーテル」に泊まる。
サービスエリアのメーベンピックでこの旅、初めてのビールで乾杯!!

今日のレンタカー走行距離  465 Km

今日の宿  アウトバーン9号線サービスエリア 5400円 二人 




1999年3月11日 (木)

サービスエリアの宿だから出たらいきなり 150 Km の世界だ。0 度だけれど道は乾いている。


ミュンヘンで買ったマガジンを見るまで聞いたことも無かった町デッサウのトラムを “ 押さえる ”。
通りがかりで好都合。


昨年も来たケムニッツは新車が一台だけ入ったとマガジンに書いてあるので来るといきなり出くわす。




さらに50 分後に折り返し戻ってくるのを一服コーヒーで待って押さえる。

ドレスデンとピルナの町を通り抜けるのに手間取ってバートシャンダウ着が暗くなる。
目の前のホテルで決める。パークホテル別館。別館に即案内されてから本館は 120 マルクだけど別館は 92 と言う。
カアサンと顔を見合わせる!!  我々は別館顔?

今日のレンタカー走行距離  472 Km

今日の宿  バートシャンダウ パークホテル 6300円 二人朝食付 




1999年3月12日 (金)

ここは温泉地だ。日本と性格は異なるがバートがつけば温泉だ。
窓を開けるとそこは エルベ川で向こう岸をプラハ行き EC が通る。


観光用のエレベーター


豪華朝食の後、可愛い観光トラムを追いかける。










雪が無くなり、エルベ川の増水も収まったドレスデンで車を無傷で返す。走行4863 Km。

今日のレンタカー走行距離  42 Km

今回のオペルアストラ総走行距離 4863 Km
一日当り 6410 円(除くガソリン)
 

ガルミッシュパルテンキルヘン駅では売り切れでダメだった 4 月 4 日の「タリス」ケルン→パリが買えた。
ただし 2 等!  コレが取れたならケルンまでの
4/4 の EC コペンハーゲン→ハンブルク、 IC ハンブルク→ケルンも取る。無事 1 等!!

イースター休暇中のコペンハーゲンからパリが繋がった。パリ翌日はロンドンへのフライトだから一安心!

橋の上からエルベ川の流れをしばし眺める。


IC でベルリンに移動する。(金額を考慮全額払う)

ベルリンオストで夜行列車マルメ行きに乗る。乗客はとても少ない。
編成表では 4 輛の寝台車が今日は 1 輛のみでさらに空いている。閑散期か?
(ユーレールパスからの差額)




1999年3月13日 (土)

目が覚めるとちょうど車両はフェリーから出てスエーデンに入る所だ。パスポートコントロールだ。
朝食は一人 10 マルク、コーヒーとサンドイッチで席まで持ってきてくれる。


今日から北欧だ。目的は当然トラム(一応ヨーテボリとオスロ)だがカアサンはオーロラだ。

13 時なのに 0 度のヨーテボリに着く。
ここでは一日券で周辺部を見ることにする。海岸に行く。
  

ここのトラムのデザインはかなりゴツイ。他では例を見ない。


EC(国際急行)でオスロに向かう。指定は不要だから即一等だ。一等はコーヒーの出前が無料だ。


買って来たピザ、クレープにピッタリ!


夜のオスロ駅は「変」なのがいてちょっと危ない。急ぎキオスクでテレカを買ってホテルに掛けて OK。
徒歩 5 分の宿に急ぐ。ホテルフェニックス  2 泊頼む。

今日の宿  オスロ ホテル フェニックス 12000円 二人朝食付 




1999年3月14日 (日)

朝起きると粉雪が舞っている。今までとは異質の雪だ。ホコリ状というかとても細かい。
テレビは CNN の天気予報でオスロは日中 0 度だ。

朝食に各種魚の酢漬けが出て歓声を上げる。超大好き! 水産国ノルウェーばんざい!

駅に明日のミュルダール行き指定を買いに行く。全席指定だ。

今日は一日ここだ。移動が無いのは今回初めてかな?  トラムと観光に専念だ。遠くには行かない。


フログネル公園






市庁舎前のトラム


駅前有名ホテル、勿論泊まらないけどーーー


前が見えない程の雪になったので逃げ込むとそこは美術館だ。
え!! ムンクの「叫び」はここなの?
え!!!  ムンクの「叫び」は日本に貸し出し中!!!
もう何にも知らないんだからーーー

今日の宿  オスロ ホテル フェニックス(二泊目) 12000円 二人朝食付 




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