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本体の「路面電車の写真」などと重複する写真があります






1998年6月5日 (金)

マドリッドに着く。寒い。昨日万博では夜行列車だからと汗をかかないように努力したのが嘘みたいだ。

昨夜タルゴに乗るときに手持ちのエスクードをコーヒーなどでキレイに使った。
今日はスペイン、ペセタだ。ペセタは日本を出るときに 2 万円分用意したからドンと来いだ?

早速 2 時間後の 11 時発バルセロナ行きに並ぶが一等は売り切れだ。祈る気持ちで二等を頼む。OK !!
危ないので明日のバルセロナ発フランス側国境セルベール行きを頼む。一等をゲット!

マルセイユ → バルセロナ  二等


明日の バルセロナ → セルベール 一等 料金は同じ

一等も二等も指定料金は同じ。不条理な気もするが制度だから仕方がない。 前に書いたが指定が無いと乗れない。

やっと落ち着いて豪華朝食にする。
生ハムサンド、ポテトサラダ、野菜とエビと牡蠣のオリーブオイル和え、コーヒー  二人で 1500 円!!

列車はまたもタルゴだが夕べのより良い、が最新型ではない。無論満員だ。
バルセロナまで大都市はない感じだが徐々に客が減って着いた時には半分以下になる。7 時間は結構長い。

バルセロナに着いて暗くなる前に宿をサンツ駅前でとる。

今日の宿  バルセロナ P レガール 7000円 二人



1998年6月6日 (土)

小雨だ。駅のビュッフェで朝食をゆっくり取る。10 時にならないとトラムは出ないだろう。
ここのトラムは山手の「地下鉄」の駅とさらに上の山頂の遊園地に行くケーブルカー乗り場を結んでいる。

上の車庫から可愛いのがやってきたが雨のせいか滑って車止めにドスンとぶつかる。3 人係がいるが慌てている。
トラムは我々を入れて 6 人を乗せてゴトゴト坂を登り始める。
途中で 3 回スリップして停まりそうになるが何とか持ちこたえてケーブル乗り場に到着!



帰りは下り坂なので写しながら全線歩く。チャンスが少ないので場所をずらして私は「Eos-55」
かあさんは「Eos-Kiss」で頑張る。ビデオはアビニョンに置いてきた。

サグラダファミリアに着く頃には雲一つ無くなってしまう。毎回だが要所には日本人だ。


モンジュイックの丘行きケーブルカーに乗る。


市内鉄道のチケット


オリンピック競技場の中に入ってみる。何となく余韻が感じられるから不思議だ。

バルセロナからフランス国境セルベールまではまたまたタルゴだ。結局スペインはすべてタルゴと言うことになる。
乗ったら雨になる。実は実害がないから記して無かったが雨はとても多い。天気の変化が激しい。
で、着いたら止む。

国境駅は崖にへばりついている。細い階段と急坂を下り海岸に出る。入り江で美しい。
可愛い海岸のホテルのさらに海側の値段の高い方を取る!。 ベッドに横たわって海が見える。

今日の宿  セルベール H エルドラド 7200円 二人 


寝てても対岸が見える。と言う事は対岸から寝ているのが見える? 「かあさん」に気をつけるようにと言う。




1998年6月7日 (日)

窓から太陽が束になって差し込む、絵に描いたような朝だ。

日曜の朝は誰も起きては来ない。でも我々は予定がある。
ここは時刻表でもよく分からなかったので昨日駅員に尋ねた。そして有る、と言われた列車がない。
ちょうどパリ発の夜行が着いた。 反対方向、次のスペイン側ポールボーが終点なので行ってみる。

フランスとスペインの国境では大西洋側、地中海側のどちらもフランス側から来るとスペイン側国境駅が終点で
そこにスペイン側の列車が待っている。
スペイン側から来るとフランス側国境駅が終点でそこにフランス側の列車が待っているという仕組みだ。
線路幅が異なるが国境両駅間は双方の線路幅がそれぞれ単線で敷かれている。
で、ポールボーに行ってみる。やはり高台で細い道で海岸に降りる。
パン屋だけが開いている。国が変っても雰囲気は同じだ。半農半漁 & 観光だ。

ポールボー海岸通り




スペイン側からの列車で一駅戻ってセルベール、接続する列車は 10 時 25 分発パリ行きだが何とツールーズ廻りだ。
時刻表には無い。 そうだ、これだと乗り換えなしでカルカッソンに行ける!  時間的にも大丈夫だ。
先日ポルトガルに向かうときに車窓から見た。まさか来れるとはーーーー

車窓からカルカッソンの城塞を見てからかなり走って駅になる。バスは見当たらない。歩く。


アビニョンに荷物を預けっぱなしで良かった。30 分歩く。


城塞は中に町がある、それほど壮大だ。城壁が二重なのもすごい。「天守閣」からの景色が素晴らしい。
「かあさん」は恥ずかしいと言うけど “ おとぎの列車 ” で一周する。帰る頃には人でイッパイとなる。

TGV で一週間ぶりにアビニョンに戻る。


荷物を受け取って部屋でくつろいだ後、町に出る。
ローヌ川まで行き「アビニョンの橋」をバックにカアサンを写す。


レストランでコースとワインで二人で 6000 円と今回最高の観光地値段!

今日の宿  アヴィニョン H コルベール(間を置いて二泊目) 7400円 二人 



1998年6月8日 (月)

15 日使えるユーロパスの 14 日目を使う。
7時 14 分パリ行きで出発、ヴァランスで乗り換えてジュネーヴに向かう。抜群の景色が続いて飽きない。

前に記したが日本からレンタカーを 2 件予約してある。
1 台目ーー今日ジュネーヴで借りて今月 29 日にザンクトガレンで返す
(途中で電話で最初の予定を変更している)
2 台目ーー30 日にブレゲンツで借りて 7 月 20 日にウィーンで返す
(これも上に同じく変更している。変更してもアフォーダブル料金は変らない))

二つに分けたのは 1 ヶ月が限度である事と借りた国に返す、つまり外国乗り捨て手数料の節約だ。

ジュネーヴの町中で受け取った車は黒のフォードフィエスタでこれより安い車はない。小さい車だ。


スイスフランが無いまま走り出したのでどこかで両替しないといけない。
とりあえず線路づたいに終点まで行ってみる。全くどこだか分からないが住宅団地だ。


写してる間に「かあさん」が銀行を見つけて両替をしてくる。

駅に戻って地下街で地図を買ってくる。停めたついでにレマン湖の大噴水を写しに行く。


このタイプの地図は初めてで慣れない




ジュネーヴのトラムのチケット


今晩の行き先を決めぬままアウトバーンに入る。
ニヨンで出て登山電車が駅前で少し路上を走るのを写す。次の発車は 40 分後なので一回のチャンスで終わる。


ここからはレマン湖畔なので一般道を進む。ローザンヌのオリンピック博物館を横目にさらに進む。
「かあさん」が以前に来てるから寄らない。ブベイのネスレも来ているから飛ばす。

モントルーから高速に入るが時間的にエイグルで泊まることにする。

モントルー




駅前通に宿をとる。 窓の下はさっきのニヨンと同じ登山電車の路面走行だ。

今日の宿  エイグル H ル スイス 9000円 二人朝食付 

本日のレンタカー走行距離 133 Km



1998年6月9日 (火)

実はバルセロナで室内履き(サンダル)を買った。これが実に便利だ。
朝も早よから 3 種類出ている登山電車の路面走行を写しに出る。3 種が同時刻に別々の道路に出て行くから
能率良く写せない。何回か挑戦しなければならない。






次の発車までスイスの “ イトーヨーカドー ” 「ミグロ」に買い出しだ。車が有るからバンバン買える!!
今後は水のボトルを持って歩かなくて良いのがイイ。

撮影終了! 出発!! まずモンボーボンのパノラマ急行の路上走行を写しにモンボーボンに行く。
山越えでスキーのメッカ、シャトーデーを通る。景色は申し分ない。












モンボーボンはグリュイエール線の方が路上が長いのでそちらを写す。


フリブールでは初めて路上の駐車帯に停める。歩道に立っている “ ねぎ坊主 ” にコインを入れる。
0.5 フランで 45 分だ。さらに 1 フラン入れて計 135 分にして急坂の多い立体的な町内観光に出る。
町中ケーブルカーを写したかったが総取り替えの大工事中だ。

ケーブルカー下の乗り場


すべてが坂の町




ベルンに着く。2 度目の現像をここで出す。取りに来る都合を考えないといけない。

ベルン アーレ川




中央駅前


エイグルに戻る。来るときと違う道を選ぶ。景色が楽しい田舎道、だが 3 ~ 4 回、道を間違える。

今日の宿  エイグル H ル スイス(二泊目) 9000円 二人朝食付 

本日のレンタカー走行距離 255 Km



1998年6月10日 (水)

車は日本で予約した当初は 21 日までだった。それをオーストリアで 30日に借りる前日の 29 日まで延ばしている。
延長分も日本からのアフォーダブル料金が適用されるか確認して OK だ。

ツェルマットに向かう。町内を走る電気自動車を写しに行く。道路は非常に良い。
マルチニまで一般道、その先は高速に入る。
ローヌの U 字谷、ぶどう畑、城跡、教会の塔と変化に富んで飽きない。
フィスプで右折すると道は徐々に登りになり、両脇に山が迫る。

ツェルマットの一駅手前で車はすべてストップだ。巨大駐車場に停めて鉄道に乗り換える。
ここから上は電気自動車以外は入れない。
駐車料 4.8、電車賃 7.2×2×2 で合計約 3350 円の出費だ。
チケット一駅

電車は一駅だけのピストン輸送なのですぐ来る。
ここでは電気バスと電気タクシーを押さえる。


ゴルナグラート鉄道


今日はマッターホルンのテッペンは見えないが 2 人ともそれぞれ別の時に見ているからマアいい。
ゴルナグラート鉄道が遙か上の鉄橋を渡るのを写す。登山電車は守備範囲外だが風景として押さえる。
いつまでも居たいが先が有る。

フィスプまでは来た道を戻る。細い急な下りを後ろに車をためないように 100 キロで走るのは肩が凝る。

ブリークのスーパージャンボ(ミグロの競争相手)で水、食料を整える。 出ると大雨だ。
どこにもよれないので一気にアンデルマットまで足を伸ばす。

途中はすべて氷河急行の線路と並行だ。走りながら追いかけて写す。

オーバーバルト駅からは殆どの車はカートレイン(車ごと列車に乗せる)で長大トンネルを潜るが
我々はテッペンのフルカ峠越えを試みる。車は殆ど無くなる。わずかな観光客だけだ。

ローヌ氷河が見えてきてヴェルヴェデーレ(展望台)で一休みだ。




実は峠越えを試みるのは 3 度目だ。一回は 6 月なのに 5 m の雪で通行止め、もう一回は雪の中をソロソロ進む、
と言った状態だった。今回は町に雪は全く無い。今年は暖かいようだ。車に冷房が無いんだなーーー

今日の宿  アンデルマット チンマ(民宿) 6000円 二人 

1992 年に泊まった時はお年寄り夫婦で感じが良かったが、今どうやらおばあさん一人のようだ。
愛想が無くて暗い感じーーー もしかしてジイサンいないかもーーー

荷物を置いてここの名所「悪魔の橋」に行く。

本日のレンタカー走行距離 259 Km



1998年6月11日 (木)

雨の中、一気に 900 m 下ってアルトドルフのウイリアムテル像広場で一休み。
さらに雨の中一気にスイスを “ 縦切って ” バーゼルに午前中に着く。

路上駐車帯に停めて、トラム一日券を買いトラムを追いかけ始める。ここはかなり充実した路線網だ。


バーゼルのトラムのチケット


バーゼル(中央駅)


郊外線の乗り入れ


エッシェン広場は複雑な配線


フリブールではコインの量で時間が決められたがここバーゼルは 1.5 で 1 時間半のみだ。
やむを得ず車に戻って “ 葱坊主 ” にコインを追加する。

3 時間で切り上げ国境を越えてドイツ、フライブルクに向かう。
ここでは路上は面倒なので中央駅地下駐車場に入れる。トラムは 2 人 1 日券を買う。10 マルク、約 800 円。
ここはほぼ全部が広告車だ。きれいな広告が多い。


フライブルクのトラムのチケット


フライブルク大聖堂




フライブルクの町並み


シュヴァーベン塔


マーチンス塔をくぐるトラム


ここも良い町だが 60 Km 行くとドナウエッシンゲンという小粒ながら魅力的な町があるので行く事にする。

この辺り(ドイツ全般かもしれないが)の一般道は路肩が広く走りやすい。雨で薄暗いが制限 100 キロの所を
皆大体 140 キロぐらいで走ってる。日本の一般道は最高 60 キロだ。
同調しないと危ない。

ここも以前泊まったガストホフにする。

今日の宿  ドナウエッシンゲン G ヒルシェン 9000円 二人朝食付 

本日のレンタカー走行距離 345 Km


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